出雲の国風土記 「意宇の郡」駅・神戸
原文
野城駅
郡家正東廿里八十歩
野城大神坐
故云野城
黒田駅
郡家同処
郡家西北二里 有黒田村 土体色黒 故云黒田
旧此処有是駅 即号曰黒田駅
今東属郡 今猶 追旧黒田号耳
宍道駅
郡家正西卅八里 [説名如郷]
出雲神戸
郡家南西二里廿歩
伊弉奈枳乃麻奈子坐熊野加武呂乃命 与五百津鉏々猶所取々而 所造天下大穴持命 二所大神等依奉
故云神戸 [他郡等之神戸且如之]
賀茂神戸
郡家東南卅四里
所造天下大神命之御子 阿遅須枳高日子命 坐葛城賀茂社 此神之神戸
故云鴨 [神亀三年改字賀茂]
即有正倉
忌部神戸
郡家正西廿一里二百六十歩
国造神吉詞奏 参向朝廷時 御沐之忌里
故云忌部
即川辺出湯 出湯所在 兼海陸 仍 男女老少 或道路駱駅 或海中沿洲 日集成市 繽紛燕楽
一濯則形容端正 再沐則万病悉除 自古至今 無不得験
故俗人曰神湯也
国造神吉詞奏は古写本に国造神吉詞望御沐之忌里は御沐之忌土の誤写とも御沐之忌玉とも。
現代語訳
野城の駅
郡の役所から東20里80歩(≒10.8km)
野城の大神が鎮座されている。
なので、野城という。
黒田の駅
郡の役所と同じ場所。
郡の役所から西北2里(≒1.1km)に、黒田村がある。土の様子は黒い色である。なので黒田という。
もともとはここに駅があった。なので黒田の駅という。
いまは東の方の郡に移転したが、今もなお、以前からの黒田という名を名乗っているのみである。
宍道の駅
郡の役所から西38里(20.3km) [名前の説明は、郷のものと同様]
出雲の神戸
郡の役所から南西2里20歩(≒1.1km)
イザナキノミコトのいとし子でいらっしゃるクマノカムロノミコトと、たくさんのスキをかわるがわる手にされて天下をお創りになられたオオアナモチノミコトの、2所の大神にお寄せ奉る民戸である。
なので神戸という。 [他の郡の神戸もこれと同様である]
賀茂の神戸
郡の役所から東南34里(≒18.2km)
天下をお創りになられた大神の命の御子であるアジスキタカヒコノミコトが、葛城の賀茂社の鎮座されている。この神の神戸である。
なので鴨という。[神亀3年に字を賀茂と改めた]
忌部の神戸
郡の役所から西21里260歩(≒11.7km)
国造が神吉詞を唱えるため、朝廷へ参上する時に、沐浴をする潔斎の里である。
なので忌部という。
そして、川辺に湯が出ている。湯が出るところは海であり陸でもある。なので男も女も老人も子どもも、ある時は道路に行列を作り、ある時は海中を洲に沿ってやってきて、毎日市が立ったような賑わいで、いろんなものが入り乱れ宴を楽しむ。
ひとたび湯を浴びればたちまちに端正な姿となり、再び湯浴みすれば万病が悉く治る。いにしえより今日まで、効果がないということがない。
なのでこの土地の人は神の湯といっている。
概略
この節は、「意宇の郡」の駅と神戸のそれぞれの所以を記す箇所である。
各読みについては、意宇郡の総記を参照のこと。
また、駅・神戸などの共同体区分については、用語ページを参照のこと。

解釈・解説
野城の駅
原文
野城駅
郡家正東廿里八十歩
野城大神坐
故云野城
現代語訳
野城の駅
郡の役所から東20里80歩(≒10.8km)
野城の大神が鎮座されている。
なので、野城という。
「のぎのうまや」と読む。
現在の「島根県安来市能義町」付近とされる。
野城の大神
野城社(現在の能義神社)の祭神とされる。他例はないので、地元の神か。
なお、延喜式神名帳に「天穂日命神社」も存在し、こちらの祭神であったともいわれる。
また、天穂日命と同一視されることもあるが、詳細は不明。
なお、出雲の国風土記内にて「大神」の扱いを受ける神は、以下4柱。
- 「所造天下大神」
- オオクニヌシのこと。
- 「熊野大神」
櫛御気野命<クシミケノミコト>のこと。- スサノオノミコトと同一視されるが、平安期に習合されたともいわれ、詳細は不明。
- 「佐太大神」
- サルタヒコと同一視される。
- 「野城大神」
天穂日命<アメノホヒ>と同一視されるが、詳細は不明。
この中で、出雲国内全域を見た際にとりわけ有力だったと思われるのは、「熊野大神」と「所造天下大神」であり、残りの2柱はそれぞれの土地で「大神」と呼ばれていたものをそのまま収録したものと推定される。
黒田の駅
原文
黒田駅
郡家同処
郡家西北二里 有黒田村 土体色黒 故云黒田
旧此処有是駅 即号曰黒田駅
今東属郡 今猶 追旧黒田号耳
現代語訳
黒田の駅
郡の役所と同じ場所。
郡の役所から西北2里(≒1.1km)に、黒田村がある。土の様子は黒い色である。なので黒田という。
もともとはここに駅があった。なので黒田の駅という。
いまは東の方の郡に移転したが、今もなお、以前からの黒田という名を名乗っているのみである。
「くろだのうまや」と読む。
現在の「島根県松江市大庭町」付近と思われる。
同地には、「黒田畦」という集落が遺っている。
宍道駅
原文
宍道駅
郡家正西卅八里 [説名如郷]
現代語訳
宍道の駅
郡の役所から西38里(20.3km) [名前の説明は、郷のものと同様]
「ししぢのうまや」と読む。
現在の「島根県松江市宍道町宍道」付近と思われる。
名前の由来などについては、宍道の郷に詳しく。

出雲神戸
原文
出雲神戸
郡家南西二里廿歩
伊弉奈枳乃麻奈子坐熊野加武呂乃命 与五百津鉏々猶所取々而 所造天下大穴持命 二所大神等依奉
故云神戸 [他郡等之神戸且如之]
現代語訳
出雲の神戸
郡の役所から南西2里20歩(≒1.1km)
イザナキノミコトのいとし子でいらっしゃるクマノカムロノミコトと、たくさんのスキをかわるがわる手にされて天下をお創りになられたオオアナモチノミコトの、2所の大神にお寄せ奉る民戸である。
なので神戸という。 [他の郡の神戸もこれと同様である]
「いづものかむべ」と読む。
現在の「島根県松江市大草町」付近と思われる。
なお、大草町は、郡家(こおりのみやけ)および、国引きを終えた八束水臣津野命が「おゑ」と言ったといわれる「意宇の杜」の比定地である。
大草の郷については、下記に詳しく。

イザナキノミコト
記紀に見られる男神であるイザナキノミコトのこと。イザナミの夫。
クマノカムロノミコト
このページ「野城の駅」で述べた「熊野大神」のこと。
櫛御気野命<クシミケノミコト>との名とみられ、スサノオの別名ともいわれる。
オオナムチノミコト
オオナムチ・オオクニヌシに同一。

ここの節の説明について
ここで説明されている事象は、「神戸」とはなんであるかを説明したものであって、「出雲」という単語自体にはやはり触れられていない。
おそらくは、出雲国のを代表する駅だったというようなことで、説明する必要性も感じていなかったのかもしれないが。
賀茂神戸
原文
賀茂神戸
郡家東南卅四里
所造天下大神命之御子 阿遅須枳高日子命 坐葛城賀茂社 此神之神戸
故云鴨 [神亀三年改字賀茂]
即有正倉
現代語訳
賀茂の神戸
郡の役所から東南34里(≒18.2km)
天下をお創りになられた大神の命の御子であるアジスキタカヒコノミコトが、葛城の賀茂社の鎮座されている。この神の神戸である。
なので鴨という。[神亀3年に字を賀茂と改めた]
「かものかむべ」と読む。
現在の「島根県安来市大塚町」付近と思われる。
所造天下大神命
オオナムチ・オオクニヌシに同一。

アジスキタカヒコノミコト
古事記の阿遅鉏高日子根神<アヂスキタカヒコネ>・日本書紀の味耜高彦根神<アジシキタカヒコネ>と同一と思われる。
父は、オオクヌシ。
母は、所謂アマテラスとスサノオの誓約によって誕生した「タキリビメ」である。
この神は現在の奈良県御所市に現存する「高鴨神社」の祭神である。(後述)
葛城賀茂社
現在の奈良県御所市に現存する「高鴨神社」を指す。
京都市北区の「賀茂別雷神社」(いわゆる上賀茂神社)ならびに同左京区の「賀茂御祖神社」(いわゆる下賀茂神社)など、「賀茂」あるいは「鴨」を称する神社の総本社とされる。
忌部神戸
原文
忌部神戸
郡家正西廿一里二百六十歩
国造神吉詞望 参向朝廷時 御沐之忌里
故云忌部
即川辺出湯 出湯所在 兼海陸 仍 男女老少 或道路駱駅 或海中沿洲 日集成市 繽紛燕楽
一濯則形容端正 再沐則万病悉除 自古至今 無不得験
故俗人曰神湯也
現代語訳
忌部の神戸
郡の役所から西21里260歩(≒11.7km)
国造が神吉詞を唱えるため、朝廷へ参上する時に、沐浴をする潔斎の里である。
なので忌部という。
そして、川辺に湯が出ている。湯が出るところは海であり陸でもある。なので男も女も老人も子どもも、ある時は道路に行列を作り、ある時は海中を洲に沿ってやってきて、毎日市が立ったような賑わいで、いろんなものが入り乱れ宴を楽しむ。
ひとたび湯を浴びればたちまちに端正な姿となり、再び湯浴みすれば万病が悉く治る。いにしえより今日まで、効果がないということがない。
なのでこの地元の人は神の湯といっている。
「いむべのかむべ」と読む。
現在の「島根県松江市玉湯町」付近と思われる。
現在でも「玉造温泉」として名高い。
枕草子117段(能因本)にて、湯は なゝくりの湯 有馬の湯 玉つくりの湯と記される。
国造
「くにのみやつこ」と読む。
現在で言うところの、祭政を司る地方自治体の長という感じだろうか。
「みやつこ」の語を分解すると、下記のような感じだろうか。
| 音 | 意味 |
|---|---|
| ミ | 接頭辞 |
| ヤ | 「家」 |
| ツ | 現代語の「の」に相当する助詞 |
| コ | 「子」 |
神吉詞
「神寿詞」とも書く。天皇の御前にて寿ぐ賀詞。
出雲の大和朝廷への従属を象徴的に表す行事としても機能していたと思われる。
出湯所在 兼海陸
「源泉が、満潮時に海底となり、干潮時に陸となる」というような意味か。
あるいは、「海路でも陸路でも行くことができる」と捉えれば、後の文章に続きやすい。
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